大阪地方裁判所 平成元年(ワ)2476号 判決 1990年11月28日
原告 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 福田正
右同 鷹取重信
被告 大蔵フーズ株式会社
右代表者代表取締役 河渕清隆
右訴訟代理人弁護士 横井貞夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一〇三三万六八〇九円及びこれに対する平成元年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
被告は、「焼とり居酒屋チェーン大蔵」の名の下に焼とり居酒屋のチェーン店を組織している株式会社であり、原告は、昭和六二年九月三〇日、入会金五〇万円を被告に支払って右組織(以下「本件チェーン」という。)に加入したうえ、同年一〇月一日から昭和六三年一月一六日まで被告による研修を受け、同月二〇日に被告と委託店長契約(以下「本件契約」という)を結んで、同月三〇日から同年九月四日までの間、本件チェーンの加盟店「焼とり大蔵立花店」(以下「本件店舗」という。)を経営していた者である。
2 本件契約締結に至る経緯
(一) 原告は、昭和六二年九月中旬ころ、焼とり店かラーメン店の経営を計画していたところ、本件チェーンを知り、同月二七、八日ころ、被告事務所において、被告の担当者である安岡邦康(以下「安岡」という。)から、本件チェーンにつき、「あくまでもお金もうけと経営方法を主目的に指導し育成していく。」、「うちに加入した店で赤字の店は一軒もない。二、三年で二〇〇〇万円位ためる店がほとんどである。」、「店舗、什器備品(鍋・包丁・皿などを除く。)は一切被告の方で用意する。」、「開業後の経営指導を被告がする。」、「厳しい研修があり、それは被告の指定する店舗で行う。」、「研修が厳しいからこそ、赤字の店は一軒もない。」、「研修が終われば契約してもらう。契約になればどの店舗にするか指定する。店舗が決まれば開店準備をする。」などと説明を受け、本件チェーンに加入するよう勧誘された。その時、入会に際し必要な費用は入会金五〇万円であり、それは研修を受けるためのもので、研修に入る前に支払わなければならない旨の説明を受けた。
(二) 原告は、安岡の勧誘を受け、比較的安い資金で焼とり屋を開店営業でき、少なくとも二、三〇軒のチェーン店を有する被告から経営面での指導を全面的に受けられるのであれば本件チェーンに加入してもよいと考え、同月三〇日、被告に入会金五〇万円を支払った。
(三) 原告は、同年一〇月一日から昭和六三年一月一六日まで、被告直営の本件チェーン玉造店及び同岸里店で研修を受けた。
(四) 昭和六三年一月二〇日、被告事務所において、安岡は原告に向かって、原告が経営することとなる店舗として本件店舗を指定し、同店舗は、前経営者の下で日売り七、八万円の実績があったが、前経営者の性格がルーズで、経営に熱を入れなかったため成績が悪くなりやめたとし、普通に経営に取り組みさえすれば日売り七、八万円の実績があげられる旨説明したうえ、原告に対して、後がつかえているからとしてその場での本件契約の締結と金員の支払を強く迫った。
原告は、一度は契約書を持ち帰って検討したい旨被告に告げたものの、既に入会金五〇万円を支払っており、また安岡から受けた説明を信じていたことから、契約を締結すれば被告の全面的な経営指導の下に日売り七、八万円の売上をあげることができ、十分に収益があるものと信じて、焼とり屋経営のチャンスを逃すまいとして、契約内容及び本件店舗の収益可能性を十分に検討する余裕も与えられないままに本件契約書に記名押印し、求められるままに被告に対して金二六三万八一〇〇円(内訳・保証金一〇〇万円、消滅金五〇万円、同年二月分の家賃及びロイヤリティー三〇万円、火災保険料二万三〇〇〇円、チューハイサーバー使用料三五万円、伝票等一万五一〇〇円、大通礼金二〇万円、備品代二五万円)を支払った。
3 本件契約締結後の推移
(一) 原告は、右経緯により、同月三〇日から本件店舗の経営を開始し、午後五時から翌朝午前四時まで営業するなどの営業努力をしたが、被告が説明したような日売り七、八万円の売上はあがらず、赤字が重なった。そのため、原告は被告に対して約定の経営指導を再三にわたって求めたが、被告担当者の安岡は、店の装飾やメニューを考えろとか営業時間を延長しろといった場当たり的なことをいうのみで何ら具体的指導を行わなかった。
(二) 同年八月二〇日ころ、原告が被告代表取締役河渕清隆に経営指導を求めた際も、同人は経営状態が悪いのを原告の責任として、もっと勉強しろとか他のチェーンを見て勉強しろというのみで、何ら具体的経営改善策を示さなかった。
(三) 同年九月三日、原告の意を受けた甲野松太郎が被告事務所に架電し、安岡に対し経営指導を求めたが、同人はこれに応じようとせず、逆に本件店舗の経営を継続するのか否かの態度表明を迫ったため、甲野松太郎はもはや被告からの経営指導を受けることは期待できず、被告にはその意思もないことを知り、経営をやめるので保証金を返して欲しい旨答え、同月四日、原告はやむなく本件店舗を閉店した。
4 本件チェーンの実態
(一) 被告には、何ら経営ノウハウと呼べるものはなく、経営指導能力もなかった。
(二) 本件チェーンには以前赤字を出してやめていった店舗があるが、被告は、原告に対して、そのことを告げず、本件チェーンに加入しても赤字のため経営を断念せざるを得なくなることがあるというリスクの説明をしていなかった。
(三) 被告が原告に対して行った研修の内容は、被告の直営店である玉造店及び岸里店で、客からの注文を聞いたり、料理を運んだり、簡単な調理をしたりすることのみで、焼とり居酒屋の経営ノウハウの指導どころか、仕込の方法や伝票処理の方法の指導さえなく、右研修は、研修費を徴収しながら原告を一店員として無給で働かせることを目的とした悪質な搾取行為であった。
(四) 本件店舗は被告の有する既存の空き店舗であり、居酒屋としてはきわめて不利な立地にあって、日売り七、八万円は無理であるのに、被告は、本件店舗の立地条件についての専門的調査やマーケットリサーチなど将来の収益性に関する専門的調査を行わないで、日売りが七、八万円ある旨述べ、必ずもうかるもののごとく原告に告げたものであり、収益のあがらない空き店舗を原告に押し付けたにほかならない。
(五) 原告が被告との間で締結させられた委託店長契約は、被告の有する空き店舗を賃貸するものであるのに、借家契約ではないとするもので、借家法の適用を潜脱したものである。そして、本件契約によれば、原告は、本件店舗の経営に関する一切の経費(家賃月額一〇万円を含む。)を負担して経営し、被告に対し毎月二〇万円のロイヤリティーを支払った残りが原告の収入であり、従って、被告には家賃及びロイヤリティー名下に必ず利益があるが、原告の利益の補償は全くないうえ、契約更新の場合や契約終了の場合にも、原告は被告に対して一定の金員の支払をしなければならず、更にロイヤリティー分の純益を原告があげない場合には理由を問わず被告は契約を解除できるというものであり、原告の全面的な不利益及び危険負担の上に被告が一方的に確実な利益を得ようとするおよそ公序良俗に反するものであるばかりか、極めて不明確な内容で原告が即時に理解できるものではなかった。
(六) 被告は、本件チェーンの加入者に対して、いきなり契約書を提示し直ちに契約しなければチャンスを失う旨申し向け、検討機会を与えずに即時締結を求めているものであり、原告に対しても同様に契約締結を迫った。
5 被告の不法行為
本件チェーンの実態は、4項記載のとおりであり、研修名下に加入者を被告代表者の兄弟の経営する店舗で無償で働かせ、本件契約を締結させて被告の保有する店舗を加入者の全面的危険負担で経営させ、被告の収益を確保しつつ、赤字経営を余儀なくさせて、店長の交代による種々の名目の収入を得ようとするものであり、被告の利益のみが保証され、被告の経営指導能力は皆無で、原告には労働の対価さえ保証されていないものであり、被告はこのことを知悉していながら、2項(一)及び(四)記載のような本件チェーンの実態に反する虚偽の事実を原告に申し向け、その旨誤信した原告から入会金を騙取したうえ、原告を無給で働かせ、さらに原告に契約内容を検討する十分な余裕を与えないまま原告に本件契約を締結させて、ロイヤリティー等の名目の下に金員を騙取し、また、3項記載のとおり原告をして赤字経営を余儀なくさせた。
6 被告の契約締結上の過失
仮に、5項記載の事実が認められないとしても、
(一) 被告は、昭和五八年から始まった本件チェーンの本部であり、焼とり居酒屋の経営については専門知識を有する立場にあるものであり、原告は飲食店経営の経験を有しない全くの素人である。
(二) 原告にとって、本件チェーンに加入し本件契約を締結するか否かの意思決定に際しては、被告が約束どおりの経営指導をしてくれるか否か、被告が割り当て、原告が経営することになる店舗の売上が、ロイヤリティー等の諸経費を支払ってなお利益を出せるだけのものであるか否かが、きわめて重要な意義を持つ事実である。
(三) しかるに、被告は、2項(一)及び(四)記載のとおり、虚偽の説明をなし、もって原告をして契約をさせた。
7 被告の債務不履行
仮に、6項記載の事実が認められないとしても、
(一) 被告は、原告に対し、2項(一)のとおりの説明をなし、本件契約を締結したものであるから、被告は、原告に対して、被告のノウハウに基づき、反対給付である月額二〇万円のロイヤリティーに見合った、少なくとも定期的な経営状態の調査分析に基づいた客観性、実効性のある経営指導をすべき契約上の債務を負担する。
(二) しかしながら、被告の原告に対する経営指導の実態は、場当たり的で経営指導の名に価しないものであり、その債務の履行を怠った。
8 原告の損害
(一) 被告に支払った金員 合計金四〇三万八一〇〇円
内訳
入会金 五〇万円
保証金 一〇〇万円
消滅金 五〇万円
経営者配当金及び保証管理費 一二〇万円
火災保険料 二万三〇〇〇円
チューハイサーバー使用料 三五万円
伝票等 一万五一〇〇円
大通礼金 二〇万円
備品代 二五万円
(二) 昭和六三年一月三〇日から同年九月四日までの間原告が被った営業損失 一二九万八七〇九円
(三) 昭和六二年一〇月一日から昭和六三年一月一六日までの原告の労働の対価 一〇〇万円
(四) 慰謝料 三〇〇万円
原告は、被告の不法行為により焼とり店経営をするという将来の設計を破壊され、右店舗経営に向けて協力してくれた家族の中で不和が生じる等精神的苦痛を被った。
(五) 弁護士費用 一〇〇万円
被告は、原告の(一)記載の支払金返還請求に対し全く誠意のある態度を見せず、逆に原告に損害金請求をするなどしたため、原告は、弁護士に依頼せざるを得なかった。
9 よって、原告は、被告に対し、一次的に不法行為による損害賠償請求として、二次的に契約締結上の過失に基づく損害賠償請求として、三次的に債務不履行に基づく損害賠償請求として、金一〇三三万六八〇九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成元年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実のうち、原告が、昭和六二年九月中旬ころ、焼とり店かラーメン店の経営を計画していたところ、本件チェーンを知り、同月二七、八日ころ、被告事務所において、被告の担当者である安岡から本件チェーンにつき説明を受けたこと、その説明内容には、「厳しい研修があり、それは被告の指定する店舗で行う。」、「研修が終われば契約してもらう。契約になればどの店舗にするか指定する。店舗が決まれば開店準備をする。」、「入会金を研修に入る前に支払わなければならない。」という文言があったことは認め、その余は否認する。
(二) 同2(二)の事実のうち、原告が被告に対して、昭和六二年九月三〇日に、入会金五〇万円を支払ったことは認め、その余は知らない。
(三) 同2(三)の事実は認める。
(四) 同2(四)の事実のうち、昭和六三年一月二〇日に原告が本件契約書に記名押印し、金二六三万八一〇〇円を被告に支払ったこと、安岡が原告に対し、本件店舗が前経営者の下で日売り七、八万円の実績があったが、前経営者の性格がルーズで経営に熱を入れないため成績が悪くなりやめた旨説明したこと、原告が契約書を持ち帰って検討したい旨被告に告げたことは認め、その余は否認する。
本件店舗が日売り七、八万円の実績があったことは事実である。
3(一) 同3(一)の事実のうち、原告が昭和六三年一月三〇日から本件店舗の経営を開始したこと、同年四月以降は午後五時から翌朝午前四時まで営業したこと、日売り七、八万円の売上はあがらなかったこと及び原告が被告に経営の立て直しのための指導を求めたことは認め、その余は否認する。
(二) 同3(二)の事実のうち、同年八月二〇日ころ、原告が被告代表取締役河渕清隆と面談したことは認め、その余は否認する。
(三) 同3(三)の事実のうち、同年九月三日原告の意を受けた甲野松太郎が被告事務所に架電し、安岡に対し本件店舗の経営をやめる旨通知したこと及び同月四日原告が本件店舗を閉店したことは認め、その余は否認する。
4 同4ないし7の各事実はすべて否認ないし争う。
5 同8の事実はすべて否認する。
三 被告の主張
1 原告加入時の被告の説明内容
安岡は、原告が本件チェーン入会の説明を聞きに来たとき、大蔵入会案内書等を示しながら、計三四〇万円ないし三五〇万円で開業できること、料理は一か月前後で覚えられるが、それ以上は自分で工夫研究していくこと、小さな什器備品は個人持ちで、それには一四〇万円ないし一五〇万円くらいかかること、三か月の研修を受けても、夜の仕事で客との対応もあり肉体的にも精神的にも厳しい状態の営業であるから、中途半端な気持ちではとても継続して金もうけができないこと等を説明した。
その後、原告は家族とも相談し、十分納得して入会金を支払った。
2 研修内容の事前説明及び原告の納得
研修は、課程を三つにわけて行われており、現実に営業中の店舗で、最初は客からの注文を聞いたり、料理を運んだり、簡単な調理をしたりして焼とり居酒屋の仕事を一から身をもって覚えさせていくものであり、賃金の支払はないが、このことは原告に事前に説明し、納得うえに原告は研修を受けた。
3 本件契約の内容とその締結
(一) 本件チェーンは、被告が店舗を賃借して、内外装や主な什器備品の設置をして直ちに開業可能な状態にし、他方、研修を経て営業を任せられるようになった入会者に当該店舗の店長を委託して、その店の営業を任せるシステムである。
本件では、原告は、本件店舗の営業を委託された者であり、その営業については自主的に経営できる。
(二) 被告は、原告の営業がうまくいかず店長を辞めることになれば、空き店舗を抱え収入がないのに家主に家賃を支払い続けなければならない危険を負っており、営業が継続してこそ利益を得られる立場にいる。
そして、原告が利益を得るかどうかは、現場での原告の営業努力が、第一の要因である。
(三) 被告は、本件チェーンの仕組みについて研修中に説明しており、昭和六三年一月一六日に原告に対し本件店舗を任せる旨通知していたのであって、原告はすべて了解のうえで同月二〇日に契約を締結する段取りになっていた。
そして、原告は、経験豊かな父親同席で、納得して契約した。
4 被告の経営指導及び本件店舗赤字の原因
安岡は、本件店舗に赴き、原告に対して四、五回経営指導をした。その内容は、まず原告から営業内容を聞き、その問題点を指摘し、その改善策を具体的にアドバイスしていく形でなされたが、原告にはそれに従い営業方法を改善していく態度に欠け、かたくなに自分の考えに固執した。
原告は、以前スーパーマーケットの経営で失敗し、今回居酒屋経営を始めたものであって、また、父親が原告といつも行動を共にしており、原告は独立心に欠ける面があって、そもそも経営者としての適格に欠けるところがある。本件店舗の営業上の損失も、原告の経営者としての資質ないし営業努力に問題があったから生じたもので、被告の経営指導に問題はない。
四 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1の事実のうち、安岡は大蔵入会案内書及び焼とり居酒屋チェーン大蔵入会のすすめを示して説明したことは認め、その余は否認する。
2 同2の事実のうち、被告は原告に、研修名下に客からの注文を聞いたり料理を運んだり簡単な調理をしたりさせたことは認め、その余は否認する。
3 同3の事実はすべて否認する。
4 同4の事実のうち、安岡が本件店舗を数回訪れたこと及び原告がスーバーマーケットの経営に関与していたことは認め、その余は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 当事者
請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 本件契約締結に至る経緯
1 請求原因2(一)の事実中、原告が、昭和六二年九月中旬ころ、焼とり店かラーメン店の経営を計画していたところ、本件チェーンを知り、同月二七、八日ころ、被告事務所において、安岡から本件チェーンにつき説明を受けたこと、その説明内容には、「厳しい研修があり、それは被告の指定する店舗で行う。」、「研修が終われば契約してもらう。契約になればどの店舗にするか指定する。店舗が決まれば開店準備をする。」、「入会金を研修に入る前に支払わなければならない。」という文言があったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その余の事実が認められ(る。)(《証拠判断省略》)
2 請求原因2(二)の事実中、原告が被告に対し、昭和六二年九月三〇日に、入会金五〇万円を支払ったことは当事者間に争いがなく、その余の事実は、《証拠省略》により認められる。
3 請求原因2(三)の事実は当事者間に争いがない。
4 請求原因2(四)の事実中、昭和六三年一月二〇日に、原告が本件契約書に記名押印し、金二六三万八一〇〇円を被告に支払ったこと、安岡が原告に対し、本件店舗が前経営者の下で日売り七、八万円の実績があったが、前経営者の性格がルーズで経営に熱を入れないため成績が悪くなりやめた旨説明したこと、及び原告が契約書を持ち帰って検討したい旨被告に告げたことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その余の事実(但し、原告主張のうち、安岡が原告に対して、後がつかえているとの理由で、その場での本件契約の締結と金員の支払を強く迫り、原告が契約内容及び本件店舗の収益可能性を十分に検討する余裕も与えられないまま、本件契約書に記名押印したとの点は、後記四6で検討する。)が認められる。
三 本件契約締結後の推移
請求原因3(一)ないし(三)の各事実中、原告が昭和六三年一月三〇日から本件店舗の経営を開始したこと、同年四月以降は午後五時から翌朝午前四時まで営業したこと、日売り七、八万円の売上はあがらなかったこと、原告が被告に経営の立て直しのための指導を求めたこと、同年八月二〇日ころ、原告が被告代表取締役河渕清隆と面談したこと、同年九月三日原告の意を受けた甲野松太郎が被告事務所に架電し、安岡に対し本件店舗の経営をやめる旨通知したこと及び同月四日原告が本件店舗を閉店したことは、当事者間に争いがない。
被告が、本件店舗の経営につき、原告に対してなした指導の内容及びその評価については、後に被告の責任に関連して検討する。
四 本件チェーンの実態について
1 請求原因4(一)の事実について判断すると、原告主張の経営ノウハウとは、具体的に如何なるものを想定しているのか明らかではないが、《証拠省略》によれば、被告の代表取締役である河渕清隆は、昭和五八年一〇月ころ、個人で「焼とり居酒屋チェーン大蔵」を始めたこと、同人の弟河渕則正が、かねて業界大手の焼とり屋チェーン「大吉」に加入していたことから、同人の協力の下に、「大吉」を参考に事業を開始したこと、そして昭和六一年一一月に法人化して株式会社である被告を設立したこと、本件チェーンの店舗数は、昭和六二年九月ころには、二八店舗位あり、現在は三二店舗に増加しており、「大吉」に次ぐ規模であること、被告は、本件チェーンの加入者に三カ月間の研修を受けさせ、営業内容をひととおり修得させたうえ、開業させるシステムをとっていること、研修については、指導内容を書面化した「研修心得」なる文書が用意されており、また、経営指導のための書面として「店長指導書」やその他の文書が用意されており、原告もこれらの文書を交付されていることが認められる。
右認定事実によれば、被告は、本件チェーンの店舗の経営につき、それなりのノウハウを有し、一定の業績をあげていたことが窺われ、右ノウハウが経営指導としてどれだけ経営の発展、改善に有効なものであったかの評価はさておき、被告には経営ノウハウが皆無であったとはいえず、《証拠省略》によっても、右認定判断を左右するには至らない。
よって、請求原因4(一)(1)の主張は採用できない。
2 請求原因4(二)の事実について判断すると、《証拠省略》によれば、本件チェーンに加入したが、赤字を出してやっていけなくなった者が過去に二、三人いること、しかし、本件契約に際して、被告が、原告に対し、過去に赤字を出してやめていった者がいることを話したことはなく、単に、本件チェーンで赤字の店はない旨説明したこと、実際に、当時、本件チェーンで赤字の店舗はなかったことなどが認められ、この認定を覆すに足る証拠はない。
右認定事実に照らし検討するに、現実に赤字店舗のない状況下で本件チェーンへの加入を勧める段階において、過去の赤字店舗の存在を告げず、現状のみを述べることも、通常の取引上の駆け引きとして許容できないものではなく、このような被告の説明が原告の期待感を高める働きをしたとしても、居酒屋のようないわゆる客商売が、何らのリスクも伴わずになし得ないことは当然認識しているべきことであるから、被告からリスクの存在を積極的に説明しなかったことが、著しく不当であるとはいえない。
3 請求原因4(三)の事実について判断すると、原告が、昭和六二年一〇月一日から昭和六三年一月一六日まで、研修として本件チェーンの玉造店及び岸里店で研修を受けたことは前記のとおりであり、また、研修中の原告の労働に対して賃金が支払われていないことは被告において自認しているところである(被告の主張2)。
そして、《証拠省略》によれば、原告が受けた研修は、右各店舗で実地に、客の応対、皿洗い、仕込み、調理、材料の仕入れ等を行うことが主たる内容であり、また研修に当たり原告には研修において留意すべき事項を記載した「研修心得」なる文書が交付されていること、なお研修が無給であることは原告も了解していたことが認められる。
右認定の研修では、一面で、研修者が研修を受ける当該店舗で労働者としての役割を果たすことになることは否めないが、もっぱら研修者を労働力としてのみ利用し、搾取するための研修制度であるとまではいえず、研修内容が必ずしも十分なものではないとしても、研修者が独立して店舗を経営するために必要な知識経験を修得するための研修制度として、それなりの合理性を有するものと認められる。ちなみに、《証拠省略》によれば、「大吉」も同様の研修制度をとっていることが認められる。
4 請求原因4(四)の事実について判断すると、《証拠省略》によれば、本件店舗は、本件チェーンに加入した最初の経営者がやめた後、相当期間空き店舗であったことが認められ、また、被告が本件契約に際して原告に対し、本件店舗が日売り七、八万円の実績があったとし、普通に経営に取り組めば日売り七、八万円の実績があげられる旨説明したことは前記二4のとおりである。
しかし、本件店舗の過去の実績についての被告の説明が、事実に反するとの立証はないから、収益見通しについての被告の説明が客観的根拠もなくなされたとは認められない。また、《証拠省略》によれば、原告がやめた後、本件店舗を引き継いだ池野四郎は、平成元年七月の日売りが平均約五万五四〇〇円、八月が五万四六〇〇円、九月が四万九二〇〇円、一〇月が四万三六〇〇円、一一月が五万〇六〇〇円、一二月が四万三四〇〇円、平成二年一月が五万三四〇〇円の各実績をあげ、各月相当の純益(一か月四〇万円から八〇万円)を得ていること(但し同人のロイヤリティーは月額五万円)が認められ、このことからしても、本件店舗が利益のあがらない店舗であったとは認められない。
5 請求原因4(五)の事実について判断すると、《証拠省略》によれば、本件契約上、原告は、自己の採算において本件店舗を経営し、毎月被告に対し、被告が本件店舗の家主に対して負担している家賃一〇万円及び「経営者配当金及び保証管理費」名下のロイヤリティー二〇万円を支払わなければならず、なお、契約期間は二年間で、契約更新の場合や、契約終了の場合には、原告は被告に対して、基本設備償却費などの名目の金員の支払をしなければならず、更にロイヤリティー分の純益を原告があげない場合には理由を問わず被告は契約を解除できるという約定が存することが認められる。
右契約内容によれば、原告は、独立して本件店舗の経営を行うものであるから、収益の増減によるリスクを原告が負担することは当然のことであり、これに対し被告は、原告から毎月、家賃分のほか、定額のロイヤリティーの支払を受けることができるが、そのロイヤリティーの額が本件店舗の収益性に鑑みて適正であったかはさておき、被告のみ一定の収入が保証されているからといって、不当であるとはいえない。また、本件契約における前記認定のその余の約定のうち、契約更新時及び終了時における金員の支払に関する点は、通常の賃貸借の事例に比して、格別不当とはいえないし、またロイヤリティーの支払不能による契約解除の約定は、必ずしも全面的にその効力を認め得ないにしても、一定限度で右約定の効力を制限すれば足りる問題である。
また、右各証拠によれば、本件契約書には、本件契約が賃貸借契約ではない旨の記載があることが認められるが、本件契約が賃貸借契約の性質を含むものである場合に、借家法の適用を排除する旨を定めていたとしても、その効力は生じず、同法の適用を受け、その限りで契約内容が修正を受けることになるに過ぎず、借家法の適用を排除する旨の規定があるからといって直ちにその契約全体が公序良俗に反し、無効となるものとはいえない。なおまた、《証拠省略》によれば、本件契約書の内容は必ずしも理路整然としたものではなく、一読してその趣旨が判然とするものではないことが認められるが、《証拠省略》によれば、本件契約書の調印に際し、安岡が契約書を読み上げつつ説明し、家賃及びロイヤリティーについても説明したことが認められ、原告は、実父である甲野松太郎の同席の下で、本件契約上重要な点についての契約内容を一応知ったうえで契約締結に至ったものと認められる。
6 請求原因4(六)の事実について判断すると、本件契約書調印に際して、原告が契約書を持ち帰って検討したい旨被告の担当者安岡に告げたことは当事者間に争いはなく、それに対して、安岡が原告に対し、その場で契約して欲しい旨告げたこと、原告は当日印鑑及び被告に支払う金員を持参していなかったこと、原告あるいは原告の父甲野松太郎が自宅まで印鑑及び金員を取りに戻った事実が《証拠省略》より認められる。
そして、右事実経過と《証拠省略》よりすれば、安岡は原告に対し、後がつかえているから当日契約してくれないと困る旨告げて契約を迫ったものと認めることができ(る。)《証拠判断省略》
しかし、前項で説示したとおり、契約に当たり、安岡が契約書を読み上げつつ説明し、家賃及びロイヤリティーについても説明したものであり、本件契約上重要な点についての契約内容を一応知ったうえで原告は本件契約を締結したものと認められる以上、被告が原告に検討の機会を与えずに契約を締結させたものとは認められない。
また、本件で原告がその希望どおりに検討の機会を与えられていたならば、本件契約を締結しなかったであろうことを窺わせる事情も見当たらない。
五 被告の不法行為責任
原告は、本件チェーンの実態が請求原因4のとおりであることを前提に、被告が原告に対し右実態に反する虚偽の事実を申し向け、その旨誤信した原告を無給で働かせたうえ、金員を騙取し、あるいは赤字経営を余儀なくさせ損害を被らせたと主張するが、本件チェーンの実態については、前記四で認定判断したとおりであり、原告主張のとおりの実態であるとは認められず、もしくはその実態が社会的に許容し難いものとはいえないのであり、ただ、本件チェーンの実態が原告の当初抱いた期待に沿うものでなかったにせよ、被告が虚偽の事実を申し向けて、原告をして本件チェーンにつき誤った認識を抱かせたとする原告の主張は、その前提において採用し難く、したがって被告が不法行為責任を負うべきことを肯認できない。
六 契約締結上の過失について
原告は、被告の契約締結上の過失として、被告が、飲食店経営の経験を有しない全くの素人である原告に対し、重要事項である被告の経営指導能力や、本件店舗の収益性につき虚偽の説明をなした旨主張するが、前記四1及び4の認定判断に照らし、右主張は採用できない。
七 債務不履行責任について
1 被告の本件契約上の債務について
前記二で認定の本件契約締結の経緯に照らすと、原告と被告間で本件契約を締結した際、被告が、自己の有する経営ノウハウに基づき、原告に対して経営指導をすることを約束したものであることが認められる。
そこで、被告が負担する経営指導義務の具体的内容について判断すると、原告は、被告のなすべき経営指導は、その反対給付である月額二〇万円のロイヤリティーに見合うものでなければならない旨主張するが、《証拠省略》によれば、月当たり二〇万円のロイヤリティーは、経営指導に対する対価という意味もあるが、本件店舗使用の対価(被告の取得分)や看板料、もしくは本件チェーンに加入することにより、少ない資金で開業できることに対する対価の意味合いがより大きいものと認められるし、またロイヤリティーの多寡がその経営指導の内容を規定し、具体的な義務内容を導き出すものとも解し難い。また、本件契約に際し、原・被告間で経営指導の内容についての具体的な話合い及び合意がなされたと認められないから、結局、被告としては、一応の合理的な経営指導をなせば、義務違反の責めを負わないものと解すべきである。
2 被告の経営指導の義務違反の有無
そこで、被告の義務違反の有無につき検討すると、被告主張4の事実のうち、原告が本件店舗の経営を開始してから、安岡が本件店舗を数回訪れたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、安岡はその際、帳簿に基づいた経営分析までは行っていないものの、原告から口頭で経営内容を聞いて、店内の装飾やメニューについての他店の例を紹介し、イベントの行い方や宣伝方法、客の対応の仕方を教え、店の雰囲気が暗いので声を出すようになどと指導したことが認められ、被告として、一応の合理的な指導をなしたものと認めて差し支えない。
また、本件で、経営不振の状態にあった原告に対し、被告として具体的にいかなる経営指導を行えば、原告の右状態を立直し得たかは明らかでなく、被告が原告の経営改善のためになすべき経営指導を怠ったとは、たやすく認め難い。
よって、被告が経営指導について、その義務に違反したことを肯認し難く、その余の点を判断するまでもなく、原告の債務不履行の主張は理由がない。
八 結論
以上によれば、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中澄夫)